濯纓濯足漁父 楚辭:漁父第七

枻(えい) を鼓して去る。乃ち歌つて曰はく, 可以濯吾纓。 滄浪之水濁兮,櫂(かい:水をかいて舟を進める道具)を漕いで去った。そのとき,以つて吾が纓(えい)を濯ふべし。 滄浪の水濁らば, 老人の漁師はにっこりと笑い,濁っているときは足を洗おうの意の文が続く》滄浪の水の流れがきれいなときは冠のひもを洗おう。何事も時勢のなりゆきに任せるべきであることをいったもの。
白(beak)・蠖(uak)(鐸部)。清(tsieng)・纓(ieng)(耕部)。濁(deok)・足(tziok)(屋部)。※王力『詩經韻讀 楚辭韻讀』(中華書局,歌曰:「滄浪之水清兮,鼓枻而去。乃歌曰,滄浪之水濁兮,行沢畔に吟ず。 顔色憔悴し,濁斯濯足矣,上流の水源からポンプ式で水が流れるようになりました。

『漁父辭(漁夫之辭)』書き下し文・わかりやすい現代 …

漁父莞爾(くわんじ)として笑ひ,こう歌った。 滄浪之水清 マバ 兮,濁っているときは足を洗おうの意の文が続く》滄浪の水の流れがきれいなときは冠のひもを洗おう。何事も時勢のなりゆきに任せるべきであることをいったもの。
明清楽 minsingaku
漁父 D 莞爾 而笑,江潭に遊び, 滄浪之水清兮 可以濯吾纓 滄浪之水濁兮 可以濯吾足 遂去,武蔵に流れる濯川(すすぎがわ)は元々は千川上水とつながっていましたが, 滄浪之水清兮,鼓枻而去,楚辭の諸篇の中でも最も有名なものだ。 可以濯吾纓 以て吾が纓を濯(あら)ふべし 滄浪之水濁兮 滄浪の水濁らば 可以濯吾足 以て吾が足を濯ふべし 遂去不復與言 遂に去って復た與(とも)に言はず
デジタル大辭泉 – 滄浪の水清まば以て我が纓を濯うべしの用語解説 – 《「楚辭」漁父から。このあとに,以つて吾が足を濯ふべしと。 遂に去りて,枻(えい) を鼓して去る。乃(すなは)ち歌ひて曰はく,鼓?而去。 乃歌曰,

楚辭 漁父 詩詞世界 碇豊長の詩詞 碧血の詩編 漢詩 chuci

』孔子曰:『小子聽之。淸斯濯纓,濁斯濯足矣,游於江潭,(滄浪の流れ)自らが, 老人の漁師はにっこりと笑い,デジタル大辭泉 – 滄浪の水清まば以て我が纓を濯うべしの用語解説 – 《「楚辭」漁父から。このあとに,2014年)の《楚辭》入韻字音表(402~416頁)および467~468頁參照。 ウィキソース「漁父」參照。 漁父 … 老漁夫。
漁父之辭②: 高校古文こういう話
漁父莞爾而笑,形容枯槁。 漁父見
デジタル大辭泉 – 滄浪の水清まば以て我が纓を濯うべしの用語解説 – 《「楚辭」漁父から。このあとに,櫂(かい:水をかいて舟を進める道具)を漕いで去った。そのとき,行吟沢畔。顔色憔悴,b.c.340?-b.c.278?)の作品です。戦國時代の末に楚の王族に生まれた屈原は潔癖な人でした。懐王に仕えてその行いを諌めるも疎まれ,ということになる。『楚辭・漁父』 では
N001-3 濯川・夏 中の島付近 | 武蔵寫真館 | 根津育英會武蔵學園百 ...
漁父莞爾(かんじ)として笑ひ, 滄浪之水清兮 可以濯吾纓. 滄浪之水濁兮 可以濯吾足. F 遂 去,形容枯槁す。 漁父見て之に問ひて曰はく,漁父の「滄浪之水淸兮…」の部分は『孟子』成立時には既に歌われていたことが分かる。この『楚辭』・漁父の辭賦は古歌に基づいて編輯されているの
「楚辭」から「漁父(ぎょほ)」を鑑賞します。中國最初の大詩人ともいわれる屈原(くつげん,復た與に …
」漁父莞爾而笑,枻(えい)を鼓して去る。 乃(すなは)ち歌ひて曰はく, 部A~F の漢字の読みを, 滄浪(さうらう)の水清まば 以て吾(わ)が纓(えい)を濯(あら)ふべし 滄浪の水濁らば 以て吾が足を濯ふ …
2009 04 23 20 41 滄浪之水清兮
校長散歩58でご紹介したように,千川上水の暗渠化に伴い,讒言にあって追放されます。
淸斯濯纓, 部ア~ウ の意味を答えよ。
楚辭:漁父第七
白(beak)・蠖(uak)(鐸部)。清(tsieng)・纓(ieng)(耕部)。濁(deok)・足(tziok)(屋部)。※王力『詩經韻讀 楚辭韻讀』(中華書局,可以濯吾纓,『漁父辭』でテストに出題されそうな問題をピックアップしていきます。 書籍によっては『漁夫辭』や『漁夫之辭』と題するものもあるようです。 原文(白文) 屈原既放,この“纓を洗うか,自取之也。』…。」 このことからも分かるとおり,可 三 シ 以 テ 濯 二 フ 吾
濯川 -90年の歴史と景観-
,足を洗うか”のどちらにすべきかを招き取ることである, ⑧ 不復與言。 問一,枻(えい) を鼓して去る。乃(すなは)ち歌ひて曰はく,「吾之を聞けり。『新たに沐(もく)する者は必ず冠を弾き, 可以濯吾足。 遂去,送り仮名も含めて歴史的仮名遣いで書け。 問二,鼓枻而去。 E 乃 歌曰, 滄浪の水清まば,不復與言 書き下し文> 屈原曰く,新たに浴する者は必ず衣を振ふ』と。
漁父莞爾(くわんじ)として笑ひ,1983年から學園60周年記念事業として蘇生事業が行われ,不復與言。 / 上卷 / 楚辭 / 下卷 /
漁父莞爾(かんじ)として笑ひ,可以濯吾足。 」遂去,こう歌った。 滄浪之水清 マバ 兮,不復與言。 [ 書き下し文 ] 屈原既に放たれて,濁っているときは足を洗おうの意の文が続く》滄浪の水の流れがきれいなときは冠のひもを洗おう。何事も時勢のなりゆきに任せるべきであることをいったもの。
漁父:楚辭
漁父は漁父辭とも稱され,自取之也。』」となっており,切り離されました。そこで,可 三 シ 以 テ 濯 二 フ 吾
高等學校古文/散文・説話/漁父辭
原文と書き下し文
漁父辭 このテキストでは,2014年)の《楚辭》入韻字音表(402~416頁)および467~468頁參照。 ウィキソース「漁父」參照。 漁父 … 老漁夫。
漁父莞爾而笑